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最近、「理不尽仕事論 「クソが!!」と思った時に読む本」という本を読んだ。
僕はこの本の冒頭に出てくる「肩肘界隈」に近い場所にいる自覚があるが、ここ最近”脱肩肘界隈”したいと思っていて、そのためにやり始めたことを書いてみようと思う。
「肩肘界隈」とは
本での定義は以下。
仕事が人生最上の喜びと言わんばかりに勤勉。ビジネス書を乱読。スマホをひらけば(中略、いくつかのビジネス系のYouTubeチャンネル名)なんかを見て、筋トレのごとく自己啓発を行う。泳ぐのやめたら死ぬマグロのような気迫で働き続け、自分磨きに余念がない。
芸人稼業でのらりくらり過ごしている私からすると奇異に見えた、肩肘張って生きているビジネスパーソン。あの人たちが「肩肘界隈」です。
理不尽仕事論 「クソが!!」と思った時に読む本
僕なりに意訳すると「意識高い系」である。
もしかするとこの言い方の方が雰囲気を理解しやすい人もいるかもしれない。
なぜ脱”肩肘界隈”しようと思ったのか
前提、僕は上記の定義ほど突き詰めらている立派な肩肘界隈の人間ではない。が、ここ5年ほどの意識としては肩肘界隈に近い場所で生きてきた気がする。
本業が終わって、寝るまでひたすら副業をしたり、グルメSNSを運用したり、個人ブログを書いてたり、X(Twitter)で発信したり、イベントを主催したり、SNSやネットで話題になったビジネス書や名著と呼ばれるビジネス書をたくさん読んだり、同じ職種の人が書いたnote・ブログをたくさん読んだりしてきた。
ここ1年くらいはふとしたときに「なんか、疲れたかも…。自分ってなんでこんなことしてるんだっけ…?」と思うようになった。
僕は28歳で未経験からソフトウェアエンジニアにキャリアチェンジしたので、それまでの時間と下がった収入を取り戻すためにがむしゃらにやってきたつもりではある。多分それの延長線上でここ最近まで来ていたのだと思う。
自身の年齢、子供の成長などにより、仕事は人生において重要な要素であるがあくまで人生を形づくる一要素でしかないと考えるようになった。おそらく人生における関心ごとが増えたからだ。この辺は改めて時間をとって言語化してみても面白いかなと思いつつ、そういう思考を持てたことが貴重であり、自分の世界が広がった気がした。
脱”肩肘界隈”するためにやり始めたこと
Xから離れた
ここ2週間前から意識的にXを見る頻度をかなり減らしている。
これまでのX(Twitter時代も)は業界のトレンド情報を集めたり、社外の横のつながりをつくるためのとても良いツールだったが、最近は興味がないコンテンツばかり流れてくるし、俗にいう「AI驚き屋」を始めとするインプレッションをいかに多くとるかだけを考えた過激な発信が増えていると感じる。また、横のつながりはある程度できた。し
今までよりXを見る価値が減っていると感じている。
今までXを見ていた時間を別のことをやる、考える時間に使うようにしている。iOSアプリはアンインストールし、必要なときだけ所属会社のプレスリリースの拡散や自信のコミュニティ活動(PM Kansai)に関する情報、筋トレ報告をするためのツールとして使うようにしている。
筋トレを再開した
ちょっと前にブログを書いたけど5月から筋トレを再開した。今は週3ペースを目標に仕事終わりや早朝に近所のジムに行って限界まで追い込んでいる。翌日以降の筋肉痛が気持ちよく、「生きている」ことを強く実感している。なぜ筋トレ(ウェイトトレーニングを再開したかは以下のブログに書いている)
ちなみに「筋トレ」という領域の中でもこれまでから変化を入れている。これまでは上半身(胸、肩、腕、背中)のトレーニングがメインでたまに(気が向いたときだけ)下半身のトレーニングをしていたが、今は下半身、腹のトレーニングも必ずやるようにしている。
仕事と関係ない領域に積極的に触れる
ここ5年ほどは仕事外の時間も仕事関連の学習を優先していたけど、視野を広げてみようということで、まだ知らないこと、これまで触れてこなかったことに触れるようにしている。なぜこのような思考になったのかは1発目のブログに書いている。(多分)
具体例で言うと、日本茶のことを知るために書籍を買ったり、コテンラジオを聴いたり、最近は寝る前にあえてテレビをぼーっと見たりもしている。テレビはWBSとスポーツ速報がおもしろい。本は引き続き読むようにしているけど、ジャンルも意識的に変えてみている。どういう本を読んでいるか、買っているかはまた別のブログに書こうと思う。
界隈のnote・ブログを読まなくなった
現在、僕はBtoB SaaSの会社で働いている。これまでは情報収集と自己研鑽のために同じ業界のプロダクトマネージャーの方が書いたnote・ブログをよく読んでいたがここ最近は意識的にあまり読まないようにしている。
Xから離れている理由とも同じであるが、脳の限りあるキャパを仕事に近い情報(少ない種類・属性の情報)で埋めないようにするためである。(もちろん仕事で成果の出すために必要なものはちゃんとインプットする前提)
今のところ、noteやブログを読まなくなったことでマイナスの変化は感じてない。もしかすると自分にとっては情報過多だったのかもしれない。
何もしない日を許している
最近、特に平日の仕事が終わり、家族が寝静まってから到来する「1人時間」の過ごし方も意識的に変えている。
これまでだったら「仕事外の時間にいかに自己研鑽できるかが勝負だ!」なんて思いながら色々なことをやっていたが、それこそあまり肩肘張らないように過ごすことを意識している。人間、日によってめちゃくちゃやる気の日があったりあまり気分が乗らない日もあったりする。
ここ最近は気分が乗らない日は無理に何かしようとせずゆっくり過ごすこと、つまり「仕事以外の時間を自己研鑽に使わないこと」を自分自身で許容している。YouTubeを見たり、テレビを見たり、漫画を読んだりする日もある。夜に散歩に行くこともある。(日中は暑くて無理)
人生は終わりの無いマラソンである。1日何もしなかったとしてもそれは長い人生の中における小さな小さな点ではないかと思い込むようにしている。
結末はいかに
僕は脱肩肘界隈できるのか、やっぱり肩肘界隈の近くにいる方が今は幸せなのか、脱肩肘界隈をしようとしたけど結局肩肘界隈に近いところに落ち着くのか、現時点ではまだ答えはわからない。
今ふと思ったけど、そもそも肩肘界隈は悪ではないと思っている。今の僕にとって悪い要素があるだけで、それ自体が絶対悪ではないし、肩肘界隈にいる方が幸せな人もたくさんいると思う。家庭環境(ex. 独身、既婚、子持ち)とか、年齢とかにもよるだろうし。
そういう意味では肩肘界隈に近くにいる方が幸せなのか、離れて生きる方が幸せなのかの実験とも言える。
とにかく、幸福度高く生きるために、色々試してみてみようと思う。自分の人生は自分でつくるものだから。


